「コーヒー焙煎士」という言葉、聞いたことはありますか?最近、こだわりのコーヒーを提供するカフェや専門店が増える中で、この「焙煎士」という仕事が注目されています。
私たちが普段楽しんでいるコーヒーの「味の決め手」となる、とても重要な役割を担っているのです。
でも、「焙煎士って具体的にどんな仕事をしているの?」「コーヒー豆をただ焼いているだけじゃないの?」と疑問に思う方もいるかもしれません。
実は、焙煎士の仕事は奥深く、専門的な知識や技術、そして鋭い感覚が求められる世界。単なる作業ではなく、豆の個性を最大限に引き出すクリエイティブな仕事と言えるでしょう。
この記事を読めば、普段何気なく飲んでいるコーヒーが、焙煎士という職人の手によってどのように生み出されているのか、その舞台裏がよく分かります。コーヒー豆が持つ可能性や、一杯のコーヒーに込められた焙煎士の情熱を知ることで、これからのコーヒー選びやカフェでの一杯が、もっと楽しく、味わい深いものになるはず。
コーヒー焙煎士とはどんな仕事?
コーヒー焙煎士とは、その名の通りコーヒーの生豆(なままめ)を焙煎(ロースト)する専門家です。
しかし、ただ豆を焼く作業ではありません。コーヒー豆の元となる「生豆」が持つ個性や可能性を見つけ出し、それを最大限に引き出すのが焙煎士の腕の見せ所。香り高く、味わい深い「コーヒー豆」へと変身させるのです。
生豆の個性を引き出すことが焙煎士の仕事
コーヒーの生豆は、収穫されてすぐの状態では薄い緑色をしていて、味も香りもほとんどありません。
このままでは、私たちが知っているコーヒーとしては飲めないのです。この生豆に熱を加える「焙煎」という工程を経て、初めてあの独特の風味や香りが生まれることになります。
焙煎士の一番大切なミッションは、それぞれの生豆が持つ個性、つまり育った場所(産地)や種類(品種)、加工方法(精製方法)などによって違う、豆本来のキャラクターを理解し、それを最大限に引き出すことです。
焙煎での化学変化がコーヒーの味と香りを決める
焙煎は、ただ豆を温めるだけではなく、豆の中で複雑な化学変化を起こすプロセスです。この化学変化こそが、コーヒーならではの色や味、香りを生み出すポイントとなります。
簡単に言うと、焙煎が進むにつれて、豆の中の成分が反応しあい、香ばしい香りや甘み、苦み、そして豊かなコク(旨味)などが生まれてきます。コーヒーの特徴である「酸味」も、この化学変化によって質や量が変わっていくのです。
一般的に、焙煎時間が短い「浅煎り」だと酸味が際立ち、焙煎時間が長い「深煎り」になるほど苦味が強くなるのは、この化学反応の進み具合によるものなのですね。
焙煎士は、これらの化学反応がどの温度で、どのくらいの時間で起こるかをコントロールすることで、狙った味のバランスを持つコーヒーを作り出します。
役割が違う焙煎士とバリスタ、連携が重要
カフェなどでコーヒーを提供してくれる専門家には、「焙煎士」の他に「バリスタ」がいますが、役割は異なります。
- 焙煎士:生豆を焙煎して、コーヒー豆という「素材」の味と香りを最大限に引き出す職人です。豆選びから焙煎計画、実行までを担当し、コーヒーの基本的な味の方向性を決める役割を担います。
- バリスタ:焙煎されたコーヒー豆を使って、エスプレッソマシンやハンドドリップなどでコーヒーを淹れ、最終的な飲み物として提供する専門家です。
一杯の美味しいコーヒーのためには、焙煎士とバリスタ、両方の高い技術が必要不可欠。どんなに素晴らしい豆も、淹れ方が悪ければ台無しになってしまいます。
逆に、どんなに腕の良いバリスタでも、焙煎で引き出されなかった味を作り出すことはできません。
特に同じお店で働く場合、焙煎士とバリスタがしっかりコミュニケーションを取り、協力することがとても大切になります。
焙煎士の具体的な仕事内容
焙煎士の仕事は、ただ焙煎機の前で豆を焼くだけではありません。美味しいコーヒーを生み出すために、いろいろな業務を担当しています。
味の土台となる良質な生豆の選び方とチェック点
美味しいコーヒー作りのスタートは、良質な生豆(グリーンビーン)を選ぶことから始まります。どんなに焙煎が上手くても、元の豆が悪ければ美味しいコーヒーにはなりません。まさに味の土台作りと言えるでしょう。
生豆の品質は、育った場所(産地、標高、気候など)や種類(品種)、収穫後の処理方法(精製方法)など、たくさんの要因で決まります。焙煎士は、これらの知識を持ち、豆ごとの味のポテンシャルを理解する必要があるのです。
知識だけでなく、実際に生豆の状態をチェックするスキルも大切です。
- 水分量:豆に含まれる水分は、焙煎の進み方や味に影響します。専用の機械で測り、適切な範囲(だいたい10~12%)か確認します。
- 欠点豆:未熟な豆、虫食い豆、カビ豆など、味に悪い影響を与える豆が混じっていないかチェックします。必要なら、手作業で取り除く「ハンドピック」も行います。
- 豆の大きさ:大きさが揃っている方が均一に火が通りやすいとされます。ふるいにかけて大きさを測ります。
- 密度:豆の硬さも重要。標高が高い場所で育った豆は密度が高く、硬くなる傾向があります。高密度の豆は複雑な味になる可能性がありますが、焙煎が難しくなります。
- 色や見た目:豆の色が均一か、汚れなどがないかを目で見て確認します。
これらのチェックを通して、使う生豆の品質と特徴を把握します。
豆の個性を活かす焙煎プロファイルの設計方法
良い生豆を選んだら、次はその豆の個性を最大限に引き出すための「焙煎計画(焙煎プロファイル)」を立てます。
焙煎中に「いつ、どのくらいの温度にするか」という計画のことで、グラフで表されることが多いです。火力(熱の強さ)や排気(空気の流れ)の調整なども計画に含みます。
まず、大まかなゴールとして「焙煎度(どれくらい深く焼くか)」を決めます。一般的に浅煎りから深煎りまで8段階に分けられ、それぞれ味の特徴が異なります。
- ライトロースト(極浅煎り)
- シナモンロースト(浅煎り)
- ミディアムロースト(中浅煎り)
- ハイロースト(中煎り)
- シティロースト(中深煎り)
- フルシティロースト(深煎り)
- フレンチロースト(深煎り)
- イタリアンロースト(極深煎り)
浅煎りほど酸味が強く、深煎りほど苦味が強くなる傾向があります。
焙煎中の五感とデータによる温度・時間・排気の管理
焙煎計画ができたら、いよいよ実際の焙煎作業です。計画通りに進むように、温度、時間、火力、そして排気(焙煎機の中の空気の流れ)を細かくコントロールしていきます。
コントロールには、焙煎士自身の五感と、機械が示すデータの両方を使います。
五感でのチェック
- 見た目:豆の色が緑から黄色、茶色、黒へと変わっていく様子をじっくり観察します。
- 音:豆が「パチパチ」と弾ける音(ハゼ音)は、焙煎の重要なサイン。1回目の大きな音(ファーストクラック)と、さらに進んだ時の細かい音(セカンドクラック)を聞き分け、タイミングや音の大きさで進行度を判断します。
- 香り:焙煎が進むと、生豆の青臭い香りが、パンのような香り、甘く香ばしい香りへと変化し、最後はコーヒーらしい豊かなアロマになります。焦げ臭さや生焼けの匂いがないかもチェックします。
データでのチェック
- 温度と時間:焙煎機についているセンサーで、豆の温度や排気の温度を常にチェックし、記録します。
- RoR(温度上昇のペース):1分間に何度温度が上がっているかを示すRoRは、非常に重要な指標です。ペースが速すぎても遅すぎても、狙った味にならないことがあります。
- 焙煎ログソフトウェア:専用のソフトを使い、温度やRoR、火力調整のタイミングなどをリアルタイムで記録・グラフ化します。
焙煎機の種類(直火・半熱風・熱風・電気)と味への影響
コーヒー焙煎機には、豆に熱を伝える方法によっていくつかのタイプがあり、それぞれ出来上がるコーヒーの味に特徴が出ます。主な種類を見てみましょう。
種類 | 熱の伝え方 | 主な特徴 | 味の特徴(傾向) |
---|---|---|---|
直火式 | 炎、伝導熱、対流熱 | 穴あきドラム、直接加熱 | 力強い香り、香ばしさ、深い味わい |
熱風式 | 主に対流熱 | 熱源分離、熱風で加熱 | クリーン、明るい酸味、すっきり |
半熱風式 | 伝導熱、対流熱など | 密閉ドラム、下部加熱+熱風 | バランスが良い、まろやか、香り高い |
電気式 | 熱風、赤外線など | 電気ヒーター、精密制御 | クリーンな傾向 |
※一般的な傾向です。焙煎の仕方や技術で味は大きく変わります。
どの焙煎機を選ぶかは、作りたいコーヒーのスタイルに影響します。焙煎士は、使う機械の特性をよく理解して、それを活かす技術が求められます。
直火式
- 仕組み:豆を入れる回転ドラム(多くは穴が開いている)の下から、バーナーで直接熱を加える方式。炎が豆に触れることもあります。
- 味の特徴:熱がダイレクトに伝わりやすく、豆の芯までしっかり火が通りやすい。力強い香りや香ばしさ、輪郭のはっきりした深い味わいになりやすいと言われます。昔ながらの深煎りコーヒーによく使われてきました。
- ポイント:火力調整が難しく、焦げ付きやすい面も。経験が必要です。
熱風式
- 仕組み:熱風を作り出す装置がドラムとは別の場所にあり、その熱風をドラムの中に送り込んで豆を加熱します。主に空気の力で焙煎するイメージです。
- 味の特徴:豆全体に均一に熱が伝わりやすく、クリーンで明るい酸味、すっきりした後味を引き出しやすいとされます。豆本来の繊細な風味を表現しやすく、スペシャルティコーヒーでよく使われます。焼きムラが少なく、短時間で焙煎できるのも特徴。
半熱風式
- 仕組み:直火式と熱風式の中間のようなタイプ。穴の開いていないドラムを下から温めつつ(伝導熱)、同時に熱風も送り込みます(対流熱)。
- 味の特徴:直火式の持つコクや香ばしさと、熱風式の持つクリーンさや風味の表現力を、バランス良く両立しやすいと言われます。まろやかで香り高い仕上がりになりやすく、浅煎りから深煎りまで幅広く対応できます。扱いやすさから、多くのコーヒー店で使われています。
電気式
- 仕組み:上記3つが熱の「伝え方」なのに対し、これは「熱源」が電気ヒーターであるタイプ。熱の伝え方は熱風式が多いですが、赤外線など他の方式もあります。
- 特徴:ガス式より細かい温度コントロールがしやすく、燃焼ガスが出ないのでクリーンな焙煎が期待できます。味わいは熱の伝え方によりますが、クリーンな風味になりやすい傾向があります。
品質確認と改善のためのカッピング手順とその重要性
焙煎したコーヒー豆がちゃんと美味しくできているか、もっと良くするにはどうすればいいかを確認するために欠かせないのが「カッピング」です。
カッピングとは、決められた手順で行うコーヒーのテイスティング(味見)のこと。
焙煎士にとってカッピングは、主に2つの目的があります。
- 品質チェック:焙煎した豆が狙い通りの味になっているか、毎回同じ品質で作れているか、焦げなどの問題がないかなどを評価します。
- 技術アップ:カッピングで感じた味や香りの特徴(例えば「酸味が少し弱いな」「香ばしさが足りないな」など)と、その豆の焙煎データ(どんな温度や時間で焼いたか)を見比べて、「あの時の火加減がこう影響したのかも」と分析します。
カッピングは、世界共通のルール(プロトコル)に沿って行われることが多いです。SCA(スペシャルティコーヒー協会)などのルールが有名です。最近では新しい評価基準も出てきています。
基本的な流れはこんな感じです。
- 豆を挽いて、粉の状態で香りをチェック(フレグランス)。
- カップに入れた粉にお湯を注ぐ。
- 表面に浮いた粉の層(クラスト)から立ち上る香りをチェック。
- 約4分後、スプーンでクラストを壊しながら、強く立ち上る香りをチェック(アロマ)。
- 表面の泡や粉を取り除く。
- 少し冷めたら、スプーンでコーヒーをすくい、勢いよく啜って(スラーピング)口の中に広げ、味や香りを評価。冷めると味が変わるので、何度か繰り返します。
カッピングは、焙煎士にとって自分の仕事の結果を知るための最も重要な方法。焙煎という作業の結果を、具体的な味や香りのデータに変え、それを客観的に分析することで、自分の技術を評価し、改善点を見つけ出すことができます。
焙煎士の1日|自家焙煎店のスケジュール例
コーヒー焙煎士って、実際どんな一日を過ごしているんだろう?と気になりますよね。
ここでは、ある一日のスケジュールを例としてご紹介します。お店の規模やその日の焙煎量によって内容は変わりますが、雰囲気だけでも感じ取っていただけたら嬉しいです。
午前(例:7:30-12:00)
- 7:30出勤・焙煎準備:カフェのオープンは10時ですが、焙煎がある日は早めに出勤することも。
- 8:00焙煎計画・生豆計量:前日までの注文状況やお店の在庫を見て、今日焙煎する豆の種類と量を決めます。
- 8:45品質チェック準備・開店準備:前日に焙煎した豆があれば、品質チェック(QC)のためのカッピング準備をします。
- 9:30/10:00焙煎開始:焙煎機がしっかり温まったら、いよいよ焙煎スタート!
焙煎中(例:9:30-14:00or18:00)
- マルチタスクの連続:1回の焙煎時間は10分~15分くらいですが、その間も息つく暇はありません。
- 焙煎終了時間は日による:その日の焙煎量によって、午前中で終わる日もあれば、夕方までかかる日もあります。
午後/終業まで(例:14:00-19:00)
- 焙煎機・焙煎室の清掃:焙煎が終わったら、まず徹底的に掃除です。
- 品質管理(QC)/カッピング:その日に焙煎した豆(または前日の豆)をカッピングして、品質を評価します。
- 袋詰め・発送作業:焙煎した豆をお店で売る用や通販用に袋詰めしたり、卸先のカフェ用に梱包して発送準備をしたりします。
- その他の業務:焙煎が早く終わった日や、焙煎のない日は、カフェスペースで接客やコーヒーを淹れる(バリスタ業務)のを手伝うこともあります。
- 19:00退勤:片付けや明日の準備を終えて、ようやく一日が終了します。
プロの焙煎士に必要なスキル・知識・感覚
プロのコーヒー焙煎士として活躍するには、ただ焙煎機を扱えるだけでは足りません。
幅広いスキルや深い知識、そして研ぎ澄まされた感覚が求められます。
コーヒー豆に関する産地・品種・精製法などの深い知識
まず基本となるのが、コーヒー豆そのものについての深い知識です。具体的には、
- どこで育ったか(産地):国や地域(エチオピア、コロンビアなど)の気候や土壌、標高などが味にどう影響するか。
- どんな種類か(品種):アラビカ種、ロブスタ種といった大きな分類から、ゲイシャ種などの細かい品種ごとの味の特徴。
- どう加工されたか(精製方法):収穫後の処理方法(水洗式、乾燥式など)の違いが、酸味や甘み、コクなどにどう影響するか。
- その他:収穫時期、豆の大きさや欠点豆の割合、水分量、硬さ(密度)など。
これらの知識は、ただ知っているだけでなく、良い生豆を選ぶときの判断材料になったり、豆の個性を最大限に引き出す焙煎計画を立てるために不可欠です。
経験に基づく再現性の高い焙煎技術と調整力
知識だけあっても、美味しいコーヒーは作れません。
長年の経験によって身につけた毎回同じように美味しく焼ける技術と、その時々の状況に合わせて微調整できる対応力が非常に重要です。
つまり、上手な焙煎士は、成功パターンを安定して繰り返せる一貫性と、変化に対応できる柔軟性を、経験に基づいて両立させているのです。
味や香りの微妙な違いを捉える五感と表現力
コーヒーの良し悪しを最終的に判断するのは、やはり人の感覚。プロの焙煎士には、味や香りのほんのわずかな違いを感じ取れる、研ぎ澄まされた五感が欠かせません。
でも、ただ感じるだけでは不十分。感じ取った味や香りを、的確な言葉で説明する表現力も同じくらい大切です。
五感は焙煎士にとって品質を評価し、自分の仕事の結果を知るための重要な道具。それを言葉で表現する力があってこそ、より良いコーヒー作りへと繋がっていくのです。
勘に頼らないデータ分析・記録・管理のスキル
五感はとても大切ですが、現代のプロの焙煎では勘だけに頼るのではなく、データに基づいたアプローチも同じくらい重要視されています。
データは、感覚だけでは分からない客観的な情報を提供してくれ、焙煎の再現性を高めたり、改善点を見つけやすくしたりします。
きちんと記録・分析することで、焙煎は単なる職人技から、より科学的で改善しやすいものになります。
業界の変化に対応する探求心と学び続ける姿勢
コーヒーの世界は、常に新しくなっています。新しい種類の豆や加工方法が登場したり、焙煎技術や機械が進歩したり、人々の好みが変わったり、環境問題への関心が高まったりと、トレンドはどんどん移り変わります。
こうした変化についていき、第一線で活躍し続けるためには、今のやり方に満足せず、常に新しいことを知りたいと思う探求心と、学び続ける姿勢が絶対に必要です。
- 専門誌やウェブサイト、本などで最新情報をチェックする。
- セミナーや勉強会に参加して新しい技術や知識を学ぶ。
- 他の焙煎士やバリスタ、コーヒー農家さんなどと交流して情報交換する。
- 新しい生豆や焙煎方法を積極的に試してみる。
- できれば、コーヒーが作られている産地を訪れてみる。
といったことが考えられます。
周囲と協力するコミュニケーション能力と自己管理能力
どんなに素晴らしい焙煎技術や知識があっても、それだけではプロの焙煎士としてやっていくのは難しいかもしれません。
チームやお店の中でうまく仕事を進めるためのコミュニケーション能力と、自分自身の調子を整え、良い仕事を続けるための自己管理能力も、同じくらい大切です。
専門的な技術に加えて、こうした人との関わり方や自分を管理する力をバランス良く持っていることが、プロの焙煎士として成功するためのコツとなります。
未経験から焙煎士になるには?
コーヒーが好きで、「自分も焙煎士になってみたい!」と考えている未経験の方もいるでしょう。
ここでは、未経験から焙煎士を目指すための主な方法と、それぞれの特徴について解説します。
必須資格はなく実力と経験が重視される
まず大切なポイントは、焙煎士になるために法律で決められた特別な資格や免許は必要ないということです。極端な話、自宅でフライパンで豆を煎っている人も「焙煎士」と名乗ること自体はできます。
ただし、これは「誰でも簡単になれる」という意味ではありません。プロとして認められ、仕事としてやっていくためには、しっかりとした知識や技術、そしてたくさんの経験が絶対に必要です。業界で本当に大切にされるのは、資格があるかどうかではなく、実力と経験なのです。
資格がないからと諦める必要はありませんが、逆に言えば、肩書きだけでは通用しない、実力が問われる世界だと理解しておくことが大切でしょう。
現場でのOJT(実務経験)が成長への近道
未経験から焙煎士を目指す上で、最も効果的で近道と言える方法の一つが、現場で働きながら学ぶOJT(On-the-JobTraining)、つまり実務経験を積むことです。
コーヒーの焙煎を行っている焙煎所(ロースタリー)やこだわりのコーヒー専門店、あるいはコーヒー豆を卸している会社などで働くことで、プロの現場を直接体験し、実践的なスキルを学ぶことができます。
OJTで学べることはたくさんあります。
- プロが使う焙煎機の使い方や、日々の手入れの方法。
- 経験豊富な先輩焙煎士の仕事を間近で見たり、直接アドバイスをもらったりするチャンス。
- 生豆の評価から焙煎計画の実行、味のチェック(カッピング)までの一連の流れ。
- 実際の仕事の進め方、チームでの協力、納期を守ることの大切さ。
- 予期せぬトラブルへの対応など、教科書だけでは学べないこと。
もちろん理論を学ぶことも大切ですが、焙煎は実践的な技術(クラフト)です。OJTは、本物の機械に触れ、実際の仕事の流れの中で働き、先輩から直接指導を受けられるという点で、他では得られない経験となります。
専門学校やセミナーで知識・技術を体系的に学ぶ
OJTと並んで、もう一つの有力な方法が、コーヒー専門学校や焙煎セミナー、ワークショップなどで、知識や技術を基礎からしっかり学ぶことです。
特に、未経験からスタートする方にとっては良い選択肢となるでしょう。
専門学校やセミナーには、こんなメリットがあります。
- 体系的なカリキュラム:コーヒーの歴史から豆の知識、焙煎の理論、淹れ方、味の評価方法(カッピング)、時にはカフェ経営のことまで、順序立てて幅広く学べます。
- プロの指導:経験豊富なプロの焙煎士や先生から、直接教えてもらえます。
- 実践練習:いろいろな種類の焙煎機や器具を実際に使って練習する機会があります。
- 資格取得のサポート:業界で認められている民間の資格(SCAやJ.C.Q.A.など)を用意しているところが多いです。
UCCコーヒーアカデミーやカフェズライフのような専門スクール、SCA認定トレーナーが開く講座、各地のコーヒー店が独自に行うワークショップ、さらにはオンライン講座など、選択肢は様々です。
しかし、そこで学んだことをプロのレベルにするためには、やはり実際の仕事での経験が重要になることが多いでしょう。
独学で始めるメリットと客観的評価の難しさ
費用や時間の問題で、まずは独学で焙煎を始めてみたい、という方もいるかもしれません。趣味として楽しんだり、基本的な知識を身につけたりする上では、独学も一つの選択肢です。
独学で始める場合は、本や動画で知識を深めつつ、プロが焙煎した豆を買って飲み比べてみたり、単発のワークショップやカッピング会に参加してプロからアドバイスをもらったりするなど、外からの意見を取り入れる工夫をすることが、成長のためには重要になるでしょう。
独学のメリット
- 費用を抑えやすい:専門学校などに比べ、初期費用は少なくて済みます。
- 自分のペースで学べる:時間や場所に縛られず、好きな時に学習を進められます。
- 情報源が豊富:本や専門サイト、解説動画など、たくさんの情報があります。手網やフライパン、家庭用の小さな焙煎機を使えば、自宅で実際に焙煎を試すことも可能です。
独学のデメリットと難しさ
- 客観的な評価が難しい:独学の一番の壁は、自分の焙煎技術や出来上がったコーヒーの味を、客観的に評価するのが非常に難しいことです。
- 設備や材料の限界:プロが使うような高性能な焙煎機や、様々な種類の生豆を手に入れるのは難しいです。家
- 非効率とリスク:体系的な指導がないため、間違った知識を身につけてしまったり、変な癖がついてしまったりするリスクがあります。
焙煎士の仕事のやりがいと大変さ
どんな仕事にも、やりがいと苦労がありますよね。コーヒー焙煎士の仕事も、もちろん同じです。
ここでは、焙煎士の仕事の魅力と厳しさについて、お話ししたいと思います。
理想の味を自分の手で創り出す達成感と面白さ
この仕事の一番の魅力は、やはり「自分の手で、理想のコーヒーの味を創り出す」というプロセスそのものにあると感じています。
生豆という素材と向き合い、その個性を読み解き、焙煎という技術を使って、頭の中に描いた味をカップの中に表現できた時の達成感です。
お客様の「美味しい」の一言がモチベーション
焙煎の仕事は、一人で黙々と行う地道な作業の繰り返しになることもあります。でも、その努力が報われる瞬間が「美味しい!」と言われた時です。
自分が時間と手間をかけ、心を込めて焙煎したコーヒーが、誰かの日常にちょっとした喜びやホッとする時間をもたらしている。そのことを実感できると、疲れも忘れ、「もっと頑張ろう!」というモチベーション)が湧いてきます。
焙煎士のキャリアパスと将来性
コーヒー焙煎士として経験を積んだ後、どんな道があるのでしょうか?
また、この仕事の将来性についても見ていきましょう。
焙煎チームをまとめるヘッドロースターの役割
少し大きめのコーヒー会社や焙煎所(ロースタリー)では、焙煎チームのリーダーであるヘッドロースターという役職があります。
ヘッドロースターは、自分で焙煎するだけでなく、もっと広い範囲の責任を持ちます。
主な役割はこんな感じです。
- チームのまとめ役
- 品質管理のトップ
- 新しい味の開発
- 生豆の管理・仕入れ
- 生産計画・設備の管理
- コスト管理
ヘッドロースターになるには、高い焙煎技術と知識はもちろん、リーダーシップや管理能力、計画性、そしてビジネスの視点も必要です。
指導者やコンサルタントなど国内外での多様な働き方
焙煎士としての専門性を高めると、焙煎作業以外にも、いろいろな働き方が見えてきます。
- 教える人(指導者/トレーナー)
- アドバイスする人(コンサルタント)
- 品質をチェックする人(品質管理者/Qグレーダー)
- 自分のお店を持つ人(独立開業)
- 海外で活躍する人(国際的な活動)
焙煎士としてのキャリアは一つだけではありません。深い専門知識と経験は、教育、コンサルティング、品質管理、起業、そして海外へと、様々な可能性があります。
経験や働き方で変わる焙煎士の年収の目安
コーヒー焙煎士の年収は、どれくらい経験があるか、どんなスキルを持っているか、どんな役職か、そして雇われているか自分で経営しているかによって、かなり幅があります。
あくまで目安ですが、一般的な傾向を見てみましょう。
平均的な年収
会社などに雇われて働く焙煎士の場合、年収はだいたい250万円から500万円くらいと言われています。
月収にすると20万円から25万円程度が一般的です。ただし、働くお店の規模(大きなチェーンか個人店か)や場所(都会か地方か)、担当する仕事内容によって差が出ます。
初任給
未経験からスタートした場合の最初の給料は、年収で約250万円から350万円くらいが相場のようです。
経験を積むと
経験を積み、スキルが上がっていくと、年収も上がる傾向にあります。
例えば、20代で250万~350万円、30代で350万~450万円、40代で450万~600万円といったデータもあります。ヘッドロースターのような管理職になれば、さらに高い給料が期待できるでしょう。
将来性
コーヒー業界、特にこだわりの強いスペシャルティコーヒーの市場は、世界的に見ても成長しています。ただコーヒーを飲むだけでなく、豆の産地や種類、作っている人のストーリー、環境への配慮(サステナビリティ)といった点に関心を持つ人が増えています。
このような流れの中で、高品質で個性的なコーヒーを生み出し、その魅力を伝えることができる熟練した焙煎士の必要性は、今後も高まっていくと考えられます。
AIを使った焙煎技術や、より詳しいデータを記録できるシステムなど、新しい技術も登場しています。しかし、これらの技術は焙煎士の仕事を奪うというより、むしろ焙煎士の技術をサポートし、より高いレベルでの品質管理や新しい味作りを可能にする道具として役立つでしょう。
最終的な味の判断や、豆の可能性を最大限に引き出すための微妙な調整、そしてコーヒーの魅力を語る力といった「人間にしかできない」感覚やスキルは、これからも重要であり続けるはずです。
焙煎士に関するよくある質問
ここまで焙煎士の仕事について色々と見てきましたが、最後に、特によく聞かれる質問とその答えをQ&A形式でまとめました。
まとめ
この記事では、コーヒー焙煎士という仕事について、その役割から具体的な仕事内容、必要なスキル、未経験からのなり方、やりがいと大変さ、キャリアや年収、そして将来性まで、できるだけ分かりやすく解説してきました。
コーヒー焙煎士は、生豆が持つ可能性を最大限に引き出し、コーヒーの味と香りを創り出す、「コーヒーの味のデザイナー」のような仕事です。その仕事は、良い豆を選ぶことから始まり、科学的な知識と五感をフル活用して焙煎計画を立てて実行し、カッピングで味をチェックして改善を繰り返す、とても奥深いものです。
プロになるには特別な資格は要りませんが、コーヒー豆に関する深い知識、経験に裏打ちされた確かな焙煎技術と調整力、微妙な味の違いを感じ取る感覚とそれを伝える力、データに基づいた分析力、そして常に新しいことを学び続ける探求心やコミュニケーション能力、自分を管理する力が必要です。
コーヒー焙煎士は、科学者であり、職人であり、時にはアーティストでもある、とても魅力的な仕事です。
この記事を通して、コーヒー焙煎士の世界や、普段飲んでいるコーヒーの裏側にある背景に、少しでも興味を持っていただけたら嬉しいです。